人の親切から学んだこと

人の親切から学んだこと

「何かお困りですか?お手伝いしましょうか?」「改札行かれますか?」最近、駅や町中を単独で歩いていると、こんな風に多くの方から声をかけられます。駅の係員だけでなく、通行人も増えてきました。全く土地勘のない方も、なんとかしようと声をかけてくださり、ありがたいです。この背景には、駅のホームで起こった大きな事故がありました。

 

ホームを、盲導犬を連れてまたは単独で歩いていた視覚障害者が方向を誤って転落し、亡くなる事故が多発したのです。こんなに大きく報道されるようになったのは、初めてで、驚いてしまいました。これまでにも視覚障害者がホームから転落した事例は沢山あったからです。今のようにホームの危険を知らせるための点字ブロックがなかった頃に、自分が今どのあたりにいるのかがわからなくなって転落したというケースが多かったそうです。

 

その時に、たまたま電車が来ていなかったこともあり、自力で這い上がって助かった人が多くいたようでした。しかし、現在の都心ではそうはいきません。電車の本数が多い路線は分刻みもしくは秒刻みで電車が入ってきますし、特急の通過も時々あります。このような事故を受けて、駅を中心に、声かけのサポートをしていこう。

 

そんなわけで、最近、小学生くらいの人や、私の祖父母くらいの年齢の人などから声がかかるようになり、とても嬉しく思います。以前は行きなれた場所や使い慣れた駅は、一人で歩こう、できるだけ自力でやってみようという気持ちが前に出ており、声をかけられてもお断りしていました。しかし、逆の立場になって考えたところではっと気がついたのです。

 

きっと、声をかけてくださっている人たちは、恥ずかしさを捨てて、勇気を出して声をかけてくださっているのだろうな。そんな風に思ったのです。それからは、頼み方にも少し工夫をするようにして、お言葉に甘えるようになりました。以下は、その1例です。通行人「何かお探しですか?」私「お時間がよろしければ、改札口まで連れて行っていただけますか?」

 

このように、まず「相手の都合」を聞き、目的地を伝えれば、自分も相手も気持ち良く歩けると思います。親切にしてくれたから、あれもこれも頼んでしまおうという対応をしてしまうのは、失礼なので、できるだけ相手の立場も考えてサポートをお願いしています。こんなこともありました。その時に、お母さんが私の手を引くのではなく、自分のお子さんを促して、「つかまらせなさい」と言っていたのです。

 

ランドセルが手に触れたので、そっとつかまらせていただきました。お子さんは恥ずかしかったのかあまり話しませんでしたが、私の歩調に合わせて、ゆっくりと歩いてくれました。別の場所では、自分から「お子さんと手をつないでみても良いですか?」と言ってみたこともありました。その時は、幼稚園生くらいのお子さんでした。

 

まだ「階段があります」のような声かけは難しいかもしれないなと思ったので、「危ない時は止まるか手をそっと握って教えてね」と言いました。「お姉ちゃんの道だね」と言いながら、点字ブロックを楽しそうに歩いていて、気持ちがほっこり暖かくなったことを覚えています。

 

このエピソードから、親切に答えることも、社会生活において必要なスキルだなと気づきました。学校の授業では自立のために、一人でできることを増やさなければいけない、甘えてはいけないと教わってきました。もちろん、これは生きる上でとても大切なことです。しかし、それだけではありません。互いに助け合う力と気持ち良くお願いする姿勢を身につければ、大きな災害が起こった時にも役立つかもしれません。

 

そんなことも、今後の授業で伝えていってほしいなと思っています。これから歩む道の中で、きっと今よりも多くの経験をすると思います。中には少しいやだなと思うこともあるでしょう。そんな時でも落ち着いて、自分の気持ちを伝えながら、人との素敵な関わりを深めていきたいです。